最近ネットで話題になっている「いつの間にか富裕層」──この言葉、ちょっと気になりませんか?
医師として日々多忙な生活を送りながらも、ふと気づけば“投資で1億円超え”の資産を築いた人たちが、確かに増えているのです。
同レポートによると、株式投資を継続していた個人が、特に意識せずとも金融資産1億円に達しているケースが目立ってきているとのこと。
いわば“気づけば富裕層”現象です。
医師の中にも、同じようにして資産一億円に到達した投資家もいるでしょう。
なぜこんなことが起きているのか?
株価が右肩上がりで推移している背景には、AIブームやSNSを通じた情報共有の進化など、様々な要因が挙げられます。
ですが今回は、あえて「中央銀行の金融政策」に焦点を当てて掘り下げてみたいと思います。
医師という職業の安定性を土台にしつつ、投資を通じて資産を拡大するうえで、中央銀行の動きがいかに重要か──その視点を一緒に見ていきましょう。

米国の場合
まずは、米国の株式市場の動きから見てみましょう。

S&P500のチャートを見ると、2008年のリーマン・ショック以降、上昇を続けています。
さらに2020年のコロナショック以降、その上昇カーブはまるで傾斜を増した登山道のように急峻になっています。
この劇的な変化を読み解くカギのひとつが、FRB(米連邦準備制度理事会)の総資産にあります。

https://fred.stlouisfed.org/series/WALCL
リーマンショックとコロナショック、いずれの局面でもFRBのバランスシート(総資産)は一気に膨らんでいます。
なぜか?
答えは「量的緩和(QE:Quantitative Easing)」です。

2008年と2020年、米国政府は景気下支えのために大量の国債を発行し、それをFRBが買い上げて市場にドルを供給しました。
つまり、中央銀行が紙幣を“印刷”して資産価格を下支えしたというわけです。
このようにして溢れたマネーが株式市場に流れ込み、ドルの過剰発行が株価の上昇を大きく後押ししたことは明白です。
実際、「なんとなく投資していたら資産が膨らんでいた」という“いつの間にか富裕層”の背景には、この金融政策が確実に存在しています。
ただし、話はここで終わりません。
2022年以降、FRBは量的緩和から一転、「量的引き締め(QT:Quantitative Tightening)」へと舵を切りました。
これにより、総資産は縮小傾向にあり、金融環境は徐々に“普通の世界”へ戻りつつあります。
日本の場合
では、日本のケースを見てみましょう。
日経平均株価は、2008年のリーマン・ショックで一度大きく下落したものの、2013年にアベノミクスが始まって以降、見事な右肩上がりに転じました。

この株高の裏側にあったのが、日銀による量的緩和です。
日銀の総資産の推移を見れば一目瞭然で、2013年から明確に資産が増え続けています。

https://fred.stlouisfed.org/series/JPNASSETS
これはつまり、日銀が国債を大量に買い入れ、円を市場に流し込んでいたことを意味します。
まさに、アベノミクスの本質とは「大いなる借金」による景気刺激策だったと言えるでしょう。

日本も米国と同様に、量的緩和によって株価を押し上げた構図です。
ただし違いもあります。
コロナ禍において、日本は米国ほど積極的な量的緩和には踏み込みませんでした。
そのため株価の上昇もやや緩やかで、日銀の総資産は増えたものの、比較的穏やかなカーブを描いています。
そして現在、日銀はようやく「量的引き締め(QT)」への第一歩を踏み出した段階。
まだ緒に就いたばかりで、今後の動向は非常に慎重に見守る必要があります。
欧州の場合
欧州でも、似たような構図が見られます。
ドイツの株価指数(DAX)は、2010年ごろから右肩上がりに推移し、2020年のコロナ・ショックを境にその上昇ペースが加速しています。

チャートだけを見れば、「欧州経済って順調なんだな」と思うかもしれませんが、実はその裏には欧州中央銀行(ECB)の“金融支援”がしっかりと存在しているのです。
欧州中央銀行の総資産のグラフを見てみると、2010年の南欧債務危機を機に、ユーロの供給量が急増していることがわかります。

https://fred.stlouisfed.org/series/ECBASSETSW
一時は落ち着きを見せたものの、実際には2018年まで継続的な量的緩和が必要でした。
そして2020年のコロナ禍では、ECBも再びユーロを大量に発行し、資産購入プログラムを拡大しました。
これが株式市場の下支えとなり、ドイツ株価指数は再び急上昇に転じます。

つまり、通貨発行量と株価の上昇は明確な相関関係にあるということ。
欧州においても「量的緩和」が市場の追い風となっていたことは疑いようがありません。
そしてここでも2022年を境に、ECBは「量的引き締め(QT)」に踏み出し、総資産は減少に転じています。
この動きは、世界中の金融政策が“金融緩和バブル”からの出口戦略へとシフトしていることを象徴しています。
医師として忙しい日常の中でも、こうした国際的な金融の流れを掴んでおくことは、グローバル分散投資をする上で大きな武器になります。
どこの市場も“中央銀行頼み”だった時代が、今まさに転換点を迎えているのです。
まとめ
ここまで、日米欧それぞれの代表的株式指数と中央銀行の通貨発行量の推移を見てきました。
統計的な回帰分析を行ったわけではありませんが、通貨の増発と株価の上昇には極めて高い相関があることは、誰の目にも明らかでしょう。
もちろん、株価上昇の背景には他にも要因があります。
たとえば、自社株買いの増加や円安といった企業・為替要因も影響しています。
しかし、それらを踏まえてもやはり、マネーの量=流動性が市場を押し上げる最も大きな力であったことは否定できません。
その前提に立つならば、今FRBもECBも「量的引き締め(QT)」を進行中<であり、これが今後も続けば、株価は再び下方向へ動く可能性が高まるという現実に、投資家は目を背けてはいけません。

ここで気をつけたいのが、「いつの間にか富裕層」と言われる層の存在です。
彼らの中には、自ら考えた運用を行っておらず、金融リテラシーが不十分なまま資産だけが増えたというケースも見受けられます。
また、ある程度リテラシーがある人でも、オルカン(全世界株式インデックス)一極集中など、資産が増えた後のポートフォリオ管理が不適切な例も見られます。
こうした状況では、彼らは相場が急落したときにパニック売りに走り、下げ幅を拡大させる可能性が高い。
その結果、堅実に資産を積み上げて来た医師投資家も、損害を受けることになります。
マーケットは、上がるときもあれば、下がるときもあります。
ドットコム・バブル崩壊、リーマン・ショックを経験してきましたが、現役で生き残っているヒトは多くありません。
勢いだけで資産を増やした個人投資家は、株価急落で姿を消してゆきました。
長期で投資を続けていくためには、単に「株が上がった!」と一喜一憂するのではなく、なぜ上がったのか、何が背景にあるのかを理解することが大切です。
医師という専門職は、論理と実証に強いはず。
だからこそ、投資においても“表面だけでなく、構造を読む力”が生きてきます。
誰でも「いつの間にか富裕層」になれる今、富裕層になることが目的ではなく、富を維持し、活かす力こそが問われる時代を迎えています。
