クリニック承継

父から受け継いだ学校医の役割を、次の担い手へ渡すまで

新緑の木の下に立ち、校舎の前の校庭で走り回る子どもたちを穏やかな表情で見守る白衣の医師のイラスト

父は長年、近くの小学校の学校医を務めていました。

私が医院を継いでまもなく、その役割が私に回ってきました。そしてしばらく経った後、その役割を次の人へ渡しました。

開業医は診療だけでなく、地域の役割も担っています。学校医はその一つです。父から受け継いだ役割を手放したことを、学校医を務めた日々とあわせて、振り返ってみます。

継ぐ前から知っていた役割

学校には、学校医を置くことが、学校保健安全法で定められています。仕事の中身も省令で決められていて、学校の健康診断(健診)や、感染症の予防についての指導・助言などが含まれます。

父が務めていた学校医は、私が子どもの頃から知っていた、地域での役割でした。

そのため医者になったときには、承継すれば学校医も引き継ぐかもしれないと考えて、備えていました。自分の専門は循環器内科ですが、初期研修医のときには当直などで積極的に子どもを診ました。分からないことがあると、小児科医の先輩に、いろいろと聞いてまわりました。小児科の知識と経験を、働きながら積んでいったのです。

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承継してから少しのあいだは、父が学校医を続けていました。それが、学校医の更新のタイミングで私へ移りました。

同じ頃、地域の行事での救護班の依頼もありました。救護班は、承継してから初めて存在を知った役割で、休診日の仕事でした。こちらは、父に担ってもらいました。

学校医のほうは、前から知っていて準備していました。また昼休みに収まる仕事でした。そのため、私が引き受けました。

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学校医の仕事は、健診と感染症の相談が中心だった

学校医の主な仕事は、子どもたちの健診でした。在校している子どもたちの健診と、入学前の子どもたちの健診(就学時健診)です。元気いっぱいの子どもたちを診察することは、楽しい時間でした。

感染症が流行したときは、養護教諭(保健室の先生)と相談しながら、対策を助言しました。感染症の予防について医師が助言することは、先に触れた省令で、学校医の仕事として定められています。学校という診察室以外の現場でも、医師の助言が求められていると感じました。

年に1回ほど、学校保健委員会にも出席しました。いつも校内の会議室で開かれました。委員会では子どもたちの発育の状況などについて報告を受け、その後は出席した教諭や保護者を対象に、簡単な講義を行いました。講義は子どもたちの感染症の話が中心でした。

父から私に学校医が代わったとき、学校側の受け入れはとても良いものでした。前の学校医の息子ということで、繋がりを感じてくれていたのかもしれません。

しばらくして、午後を休診にする曜日を設けました。平日に朝から晩まで診療していると、役所や銀行の窓口での仕事ができなかったのです。学校医の仕事も、午後の休診のときに行うようになりました。

小学校から、中学校へ

時が経ち、近くに小児科の専門医が開業すると、状況が変わっていきました。

学校医の更新のとき、医師会から打診があったのです。小学校は小児科の専門医が担い、私には中学校の学校医を引き受けてもらえないか、という内容でした。

正直驚きました。自分では、小学校の学校医を続けるつもりでしたから。ただこの頃、小児科領域は、定期接種のワクチンの種類が増えるなど、承継した頃よりだいぶ進歩したと感じていました。自分の専門分野のアップデートをしながら小児科の歩みに追いつくのは、しんどくなっていたのです。

そのため私は、医師会の申し出に応じました。近くに専門医がいるなら、そちらのほうがふさわしいと思えました。潮時かな、と感じたのです。

中学校での仕事は、小学校とほぼ同じでした。ただ、健診では、子どもたちの体格が大人に近くなり、考えるべき病気も大人に近くなっていました。確かに、内科医の私でも十分に務まる。そう思えました。

受け継いだ役割を、次の担い手へ

その後、診療が忙しくなり、私も年齢を重ねました。午後の休診のときには体を休めたいという気持ちが徐々に強くなり、学校医の仕事も負担になってきました。

学校医の更新のタイミングで辞退し、ほかの開業医の先生へバトンタッチしました。私が受け継いだ役割を、次の担い手へ渡したことになります。

新規や第三者承継の開業でも地域医療の役割を求められますが、親子で継ぐと、それがより強く求められるような気がしています。「継いで当然」のような空気です。

ただ振り返ると、時代とともに小児科と内科の専門性は分かれてきたように感じます。私には、両方の知識をアップデートすることは難しくなり、担いきれなくなっていったことも確かです。

学校医という地域医療の役割を「降りた」と考えることもできますが、役割を次へバトンタッチしたのだと捉えると、意味があったように感じます。

時代に合わせて、小学校の学校医は近くの小児科の専門医へ。中学校の学校医は内科医の私へ。担いきれなくなった私のあとは、ほかの開業医の先生へ。

地域の役割は、ふさわしい担い手へ渡すことで続いていく。今になって、私はそう感じています。

まとめ:この経験で見えたこと

  • 学校医は、継ぐ前から知っていた地域の役割だった。初期研修医の頃に子どもを診て備え、承継してまもなく父から引き継いだ。
  • 仕事は健診と、感染症が流行したときの助言が中心で、年に1回ほど学校保健委員会にも出た。最初は昼休みに、のちには午後を休診にした曜日に通った。
  • 近くに小児科の専門医が開業し、医師会の打診で中学校へ移った。驚いたが、中学校なら内科医の私でも務まると思えた。
  • 更新のときに辞退し、ほかの開業医の先生へ渡した。地域の役割は、ふさわしい担い手へ渡すことで続いていく。

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山のクマ

この記事を書いた人

山のクマ継いだ院長、経営のリアル