こんにちは。山のクマです。
新しい心不全治療薬のARNIが発売されました。
海外で行われたPARADIGM-HFでは、心不全治療薬の鉄板、エナラプリルを対照薬として、有意差を持って心血管イベントを抑制しました。
Angiotensin–Neprilysin Inhibition versus Enalapril in Heart Failure: NEJM
それ以降、循環器科界わいでは、話題の薬です。
先日ARNIの講演会を聞きました。かなり良さそうな薬です。ただ、使う対象に注意が必要です。
以上をもとに、循環器開業医の立場での雑感を書きたいと思います。
なお、心不全については、次の本が良いかと思います。ただ、出版が2016年のため、最近の知見をupdateする必要があります。
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ARNIとは
ARNIはアーニーと読みます。Angiotensin Receptor Neprilicin Inhibitor の略です。
バルサルタンとネプリライシン阻害薬を合成した薬で、一般名サクビトリルバルサルタン(長い!)です。講演会では「サクバル」と呼んでいました。
ネプリライシンは身体にある、BNPを分解する成分です。ARNIはネプリライシンをブロックすることでBNPを増やし、心保護効果をもたらします。
いや、新しい治療点が次々見つかっていますね。
ネプリライシンはその作用からARB(Angiotensin II Receptor Blocker)と合わせて使う必要があり、このような形での製剤になったそうです。
今回PARADIGM-HFに加え、さらに詳しいARNIのデータを知ることが出来ました。まとめると以下の通りです。
・心機能が落ちた慢性心不全:HFrEF(ヘフレフ)については有意に予後を改善する
・心機能が保たれた慢性心不全:HFpEF(ヘフペフ)については予後を改善しない
・突然死を減らす
良い時代になったモノです。突然死の予防効果は意外でしたが、ARNIによる心筋線維化予防により、不整脈が起こりにくくなると考えられています。
ARNIにはネプリライシン阻害による、ブラジキニン増加作用もあるようです。ブラジキニンはNO(一酸化窒素)産生から血管拡張を起こし、血管抵抗を下げるのですね。そのため心負荷が減ってきます。
心保護のメカニズムは深掘りすれば相当奥まで行けるのですが、今回はこの辺で。
ARNIの問題点は
慢性心不全にはARNIさえ投与しておけば良い、と言うわけではありません。
今まで通りACE(Angiotensin Converting Enzyme)阻害薬/ARB、β受容体遮断薬、MRA(Mineralcorticoid Receptor Antagonist:スピロノラクトンなど)を投与した上で、それでもコントロールできない心不全には、ACE阻害薬/ARBに変えて投与が検討される薬です。
バルサルタンが入っていますので、血圧が低い心不全患者には注意しながら投与が必要です。
少量から投与し、認容性、つまり血圧が下がらないか、ふらつかないか、腎機能が悪化しないか、血清カリウムが上昇しないか、などを見ながら、2~4週間で増やしていきます。
心不全すべてに使えるのではなく、HFpEFには効果が薄いようです。
PARAGON-HFというHFpEFに対する研究では、わずかの差で有意差が付いていません(対照薬はバルサルタン)。
Angiotensin–Neprilysin Inhibition in Heart Failure with Preserved Ejection Fraction: NEJM
HFpEFは、肥大型心筋症や高血圧性心疾患、暴飲暴食がやめられない人など、様々な病態を含みます。そのため、個別の治療が必要と考えられます。
またHFpEFの死亡原因としては心疾患以外が多く、ARNIの心保護効果が上手く現れなかった可能性があると、講演会では述べられていました。
日本人には使えるか?
現在日本人を対象としたPARALLEL-HFが進行中です。ただ、ARNIの対照薬であるエナラプリルが、保険適用用量をオーバーした20mgである事、人数が225例と少ないことがポイントです。PARADIGM-HFは8,442人でした。
2020年10月に発表ですが、講演会では早めに結果を知ることが出来ました。なんと、心血管イベントに差がついていません!うーむ。
この結果をそのまま解釈すると保険収載にならないはずですが、今回は保険収載となりました。きっと「大人の事情」なのでしょう。
今後外来で使うか?
今のところ、積極的にARNIを使いたい患者さんは、いません。
当院に通院している慢性心不全の患者さんは、ACE阻害薬/ARB、β受容体遮断薬、MRAなどで、何とかコントロールできています。
発売後1年は2週間処方までなので、当院で新しく導入するのは躊躇してしまいますね。
今後は
・高次医療機関から紹介を受けた人
・定番の心不全薬で効果が不十分な人
が出てきたら、使おうかと考えています。
外来で処方するときの注意点は?
なんと言っても、血圧低下に注意する必要があるでしょう。HFpEFはともかく、HFrEFは血圧が下がってくる人が多い。
ACE阻害薬/ARB、β受容体遮断薬、MRAですら、血圧低下によるふらつきのため、減量を余儀なくされることがあります。
講演会では「ACE阻害薬/ARB、β受容体遮断薬、MRAはfull doseで使うように!一般臨床医では量が少なく『なんちゃって投与』が多い」と話していましたが・・・。
そりゃ使いたいですよ、カルベジロールも20mg/日、エナラプリルも10mg/日、エプレレノンも50mgまで。
でもそこまでやると、高齢者はふらついて転倒して、大腿骨骨折を起こし、下手をすると寝たきりになっちゃいますからね。
これじゃ心臓は良くなったけど、QOLはむちゃくちゃ低下して大変、なんてことも視野に入れておかなければならない。
さて、気を取り直して(笑)。他に気を付けなければいけないのは、ARNIはBNPを増やすため、血中BNP値が心不全重症度判定として使いにくくなること。
対策としては、
・BNPが増えるのは投与数ヶ月くらいまでなので、それをわかって血中BNPを使う
・影響を受けないNT-proBNPを心不全マーカーとして使う
という2つです。当院では今から、心不全の指標をBNPからNT-proBNPに変えています。
最後に、ACE阻害薬とネプリライシン阻害薬は一緒に使うと血管浮腫を来すため、併用禁忌です。
また、ACE阻害薬からARNIへの切り替え時は、あいだを36時間あける必要があります。
まとめ
以上、ARNIについて、講演会の内容を元にまとめてみました。循環器内科医としては、心不全に対する新しい薬が増えることは、喜ばしいところです。
ただ開業医レベルだと、心臓だけが具合悪いという患者さんは少ないんですよね。
心臓、糖尿病、尿酸などなどの薬が必要となり、結果的に処方量が多くなってしまう、ポリファーマシーの問題が生じます。
ARNIは開業医でも十分使う価値があるクスリと感じます。
ただ、患者さんを総合的に診て、必要な薬を取捨選択して投与するバランス感覚が問われるのだろう、と思った講演会でした。